2014年09月01日  oh my ancestors〜母方編 その2〜&拍手お返事

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前回からだいぶ空いてしまいましたが、母方について続きです。
母方の高祖父たちについてです。

高祖父、つまり私の4代前の人は、名前だけわかっています。
曾祖父と同じくS区に住んでいたのですが、その前に別の区に居住していたことがわかっています。
そちらに行って記録が残っていれば、生年月日がわかるはずなのですが、曾祖父が明治の十年代に生まれているので、高祖父は間違いなく幕末の人物です。

高祖母は生年月日がわかっています。万延年間です。幕末キタ━(゚∀゚)━!
4代前は幕末かあ、と感慨に耽っておりました。

他の人の戸籍も見ていると、あることに気が付きました。
高祖母と、曾祖父の弟が、同じ日に亡くなっているのです。

日付は大正十二年九月一日。

ふつーはこの日付を見てピンとくるのでしょうけれども、私の脳内では日本の歴史が幕末でストップしている上に、幕末生まれのご先祖様がわかったということで、頭がいっぱいでした。

実はこの調査を行った日に、上にある写真のライブハウスへ行きました。
調査後に友達と待ち合わせてお茶している時に、彼女も興味があるので戸籍の書類をを見てもらったところ…。


「奈鳩さん、この人たちの亡くなった日、関東大震災の日ですよ!」


…え?
大正十二年九月一日って、関東大震災の日?


彼女は明治期以降の日本史に精通しているため、すぐに気づいたそうです。
さらに戸籍の種類をもっとよく読んでみると、亡くなった場所が「被服廠跡」と書かれていました。

被服廠跡とは、現在の両国国技館や江戸東京博物館の辺りで、陸軍の被服廠があったところです。
赤羽に被服廠が移転し、広い敷地は公園予定地として更地になっていたとのことです。
関東大震災が起こった日は、近隣の人たちが家財道具を持って避難してきた。
けれども、火災とそれに寄って起こった尋常ではない熱風で、被服廠跡にいた人たちは大部分が亡くなってしまいました。

その数、およそ三万八千。
その中のふたりが、自分の身内だったなんて。

これまで、九月一日といえば確かに関東大震災の日で、避難訓練などをこなしていました。
今年は身内が犠牲になったとわかって、より深くこの日の意味について考えるようになりました。

それと、今まで江戸東京博物館には展示目的で行っていたけれど、次に行く時には、慰霊の気持ちを持って行きたいと思います。死者を祀った東京都慰霊堂にも参拝したいです。

☆☆☆

暗い話題になってしまったので、母が伯父から聞いているお話をひとつ。
高祖父はS区に住んでいる時に、某幕臣のお父様と同一地区内でお世話になったそうです。
犬にコカンをガブっとやられちゃった、あの方のお父様。
もし本当だったら、どんな感じだったのかなあ。
これについても、裏付けがとれたらいいなと思っています。


 本日もお越しくださいまして、拍手や一言送信もありがとうございます。お返事は続きへ。


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2014年07月28日  oh my ancestors 〜母方編 その1〜

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 さて、いよいよ本当に知りたい母方の調査に入りました。
 まずは母の本籍がある区役所に行き、母の戸籍を取りました。
 そして祖父母の戸籍をそれぞれたどって、区役所を渡り歩きました。

 今回は、母方の祖父のほうについて。

 まず、祖父は都内S区の職人町に生まれ育ったそうです。これは謄本から確認が取れました。
 祖父の兄弟についても、書類上確認出来た人もいるし、出来なかった人もいます。

 何故かと言うと、S区周辺は戦災や震災で焼けており、役所の書類も燃えてしまっているからです。
 かろうじて残っている書類を復元したものだけが、現在残っているものとなっています。
 燃えてしまい、復元出来なかった書類の中に、若くして亡くなってしまった方々の戸籍があった。
 それを確認することは、今はもう出来ません。
 こういったことも、歴史なんだなと感じました。

 曾祖父は、聞き及ぶところによると、二度結婚し、一度改名しています。
 そして夕食にとある魚を食べ、気分が悪くなってそのまま亡くなってしまったそうです。時期は年末で、その魚は旬じゃないはずのものでした。この話が本当なら、いったい何故旬でない魚を入手し、食べたのか…おそらく漬けたものか干したものだとは思うのですが…いただきものか何かだったのでしょうか。

 結婚と改名、亡くなった日付は書類から裏付けがとれました。ちなみに家伝では、結婚した妻のうちのひとりは某有名なお茶の産地にあったお茶屋の娘、もうひとりは漁師の娘だったそうです。ふたりとも、どこの戸籍から移ってきたのかは記入がなかったので(災害で失われたと思われます)、曾祖母については調査は打ち切りです。

 今回はここまでとさせていただきます。
 高祖父とその家族については次回、書かせていただきます。


 本日もお越しくださいまして、拍手や一言送信もありがとうございます。久しぶりにポーマニしたらすんごいことに。練習練習。
 

2014年07月15日  oh my ancestors〜父方編 その2〜

 父方の祖母は、母方の祖父母と同じく都内出身なので、まとめて調べていました。なので予定を変更して、母方について書く前に父方の祖母のほうについて書かせていただきます。

 父方の祖母は、私の弟が生まれた年に亡くなりました。祖母の葬儀は、当時3歳だった私の一番古い記憶です。

 私の両親が結婚してからたった4年で亡くなってしまった祖母から、母はわずかに祖母の出自について聞いていました。
 大人数の兄弟の長姉で、親が早くに亡くなったため、他の兄弟の親代わりになっていたこと。
 祖父とは姉さん女房で結婚したこと。
 結婚は遅めだったこと。
 東京の呉服店で、和裁をして生計を立てていたことなど。

 戸籍をとってみて、それらについて調べてみました。
 確かに大人数の兄弟でした。祖母を含めて9人兄弟。そのうち双子が1組いました。さらにそのうち1人は生まれて間もなく亡くなっていますが、それでも8人兄弟の長姉です。すごい;

 親が早くに亡くなったということいついては、まず曽祖父の年齢を計算してみました。50代で亡くなっています。その時祖母はというと、20代になったばかりでした。9人兄弟の長姉である祖母が20代そこそこの時に一家の大黒柱がいなくなるというのは、確かに早いと思います。曽祖母の死亡年齢は現在調査中です。

 祖母が姉さん女房・晩婚ということについては、これも計算してみたら、10歳近く年上で、まもなく四十路で結婚しています。曽祖父が亡くなってから4年後に結婚した祖母は、祖父とはどうやって知り合ったのでしょう。気になります。遺影の写真はけっこう美人だったけど(←身内の上盛り)

 年齢を計算していて気づいたのですが、祖母も父も、長男長女が20代〜30代前半の時に亡くなっているんですよね。自分に置き換えてみると、私の寿命はあと10年ぐらいしか無い。残された時間で何が出来るんだろう。

 ちなみに双子についてと、兄弟のうちひとりの妹ヨーコさん(仮名)については後日談がありますので母方編でお知らせします。
 祖母の両親はまたそれぞれ都内の別の区に前の戸籍があるので、更に調査を進めていきます。
 次回からは母方の家系について、書かせていただきますね。


 本日もお越しくださいまして、拍手や一言送信もありがとうございます。先日からセミが鳴き始めました。夏だなあって思います。

2014年07月03日  oh my ancestors〜父方編〜

 私は、父方の祖父の戸籍抄本を取得しに、某県A町へ行くことにしました。

 A町は祖父の故郷でありながら、一度も訪れたことがありません。
 そもそも、同じ市内の祖父の家にすらたまにしか行っていなかったのだから、当然といえば当然である(苦笑)

 電車とバスを乗り継ぎ、役場まで。
 バスの中から外の景色をじっと眺めてみます。
 初めて訪れた祖父の田舎は、周りが田圃だらけで静かな、とても素朴な場所でした。

 役場につくと、休日の開庁日だったせいか、ほとんど人がいませんでした。
 窓口のお兄さんに声をかけると、お兄さんは読んでいた郷土史本を閉じて応対してくれました。

 家計調査に来た旨を告げると、お兄さんは近所の市役所出張所でのアレが嘘のように親切に教えてくれました。

 祖父の名前と本籍を書き、待つことしばらく。
 お兄さんは戸籍の書かれた紙をまずひと組、提示してくれました。
 そこには私の祖父と、曽祖父母の名前が書かれていました。
 曾祖父母は明治の生まれでした。

 ふむふむと眺めていると、お兄さんはもうひと組の書類を出してくれました。
 祖父が一番最後のページに書かれていて、そこから人の名前がずらずらずら。
 一番最初のページに書かれていたのは曽祖父母のさらに曾祖父母。
 生まれは文政元年、西暦で言うところの1818年でした。

 せいぜい幕末までわかればいいと思っていたのですが、まさかその前の文政年間までわかるとは。
 若干放心しながら家路につきました。

ー・ー・ー・ー

 家に帰ってから家系図に落としてみました。
 同じ郡内の村々からお嫁さんをもらったり、嫁いで行ったり。
 近隣とのお付き合いでほのぼのしていたようです。

 そして生まれ年や結婚した年などを年表に起こしてみたところ。
 祖父の代から上4代、続けて出来ちゃった結婚していた模様。
 私もその血を受け継いでいるんだなと、やや遠い目になりました(笑)

 とりあえず、平和な土地柄でのスムーズな調査で成功体験を得た私は、いよいよ一番知りたい母方の調査にとりかかるのでありました。

 つづく。


 本日もお越しくださいまして、拍手や一言送信もありがとうございます。こんなことをネタにしていますが、更新の邪魔にはならないようにやっとります。



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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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