2017年11月15日  徳川さんちの十五代:七代・家継 その1

IMG_1380.jpg
今回から七代・家継をお送りしていきます。
家系的にはこう。
後でこの図をもう一度ご確認いただくようになると思います。

◆簡易プロフィール◆
生年:1709年(宝永六年七月三日)
没年:1716年(享保元年四月三十日)
享年:8歳
将軍在位:3年1ヶ月
身長:135.0cm
一言:「えちえち」(別記事の際に解説しますね)

 家継は家宣の四男として、生まれました。
 幼名は世良田鍋松(世良田は徳川家の旧姓)です。
 母は側室・左京の局。浅草の真宗の僧侶の娘で、もとはお喜世という名でした。家宣が亡くなってからは落飾して月光院と名乗ります。月光院は別記事でまた出てくるので、お気に留めていただければと思います。

 まずはさくっと家継の時代を眺めます。
 お読みくださるかたは続きへお願いします。

続きを読む

2017年11月08日  徳川さんちの十五代:六代・家宣 その3

ファイル-2017-11-07-11-19-28
 今回は、家宣の舅・近衛基熙についてです。
 家宣の正室は近衛熙子といい、公家の中でもっとも家格が高い5つの家柄のトップ・近衛家の出身でした。
 その父親・基熙は、朝廷の中でもかなり立ち回っており、幕府とも絶妙な距離を保つ、バランス型の人物だったようです。
 幕末にも近衛家は薩摩と手を組み、篤姫を一度近衛家の娘としてから13代将軍家定に嫁がせたりしています。
 そんな近衛家が江戸時代中期にどんな動きをしていたのか、さらっとですが見てみましょう。

 お読みくださる方は続きへお願いします。

続きを読む

2017年11月01日  徳川さんちの十五代:六代・家宣 その2

IMG_0555.jpg
写真は旧浜離宮庭園です。

実はこの「徳川さんちの十五代」を書くきっかけとなったのが、家宣でした。
浜離宮庭園を訪れた際に、庭園の成り立ちを調べていたところ、土地を所有していたのが「甲府宰相・綱重」「その息子綱豊・のちの六代将軍家宣」という文言があり、両方共誰だっけ(・・?と思いました。

 徳川将軍は15人おり、これまでは家康・綱吉・吉宗・慶喜ぐらいしかわからず、他の将軍については名前も何代目かも思い出せないという体たらくで(;^ω^) 浜離宮のような素敵なお庭を作った甲府宰相と家宣がどんな人物だったのかも気になるし、いっちょう徳川15代について調べてみるか、と思い立ったのでした。

 調べ始めてみると、知らないこと・わからなかったこと・どの時代なのか間違えていたことが出てくる出てくる(苦笑) すごく勉強になりました。

 ついでなのでこうして連載させていただいております。
 皆様はご存知のことも多いかと思いますが、復習として目を通していただければと思います。

 今回は、儒学者・新井白石です。
 白石は、家宣が甲府藩主であった頃からの側近でした。
 幼い頃から学芸に秀で、儒学者・木下順庵の門弟となり、順庵に勧められて家宣の侍講(学問の講師)となりました。19年間で通算1299回も家宣に講じたそうです。
 家宣が将軍になると、私的政治顧問として彼を補佐し、『藩翰譜』の執筆も行うなどしました。
 しかしその来歴は、決して順調なものではありませんでした。

 お読みくださる方は続きへお願いします。

続きを読む

2017年10月25日  徳川さんちの十五代:六代・家宣 その1

徳川将軍の中で3番目に在位が短かった家宣。
子どもがいなかった綱吉とどんな血縁関係だったのか、短い在位中に何をしたのかを見ていきたいと思います。

◆簡易プロフィール◆
生年:1662年(寛文二年四月二十五日)
没年:1712年(正徳二年十月十四日)
享年:51歳
将軍在位:3年5ヶ月
身長:156.0cmか160.0cm
一言:「在位が短くても改革したもんね」


 お読みくださる方は続きへお願いします。


続きを読む

web拍手
コヤマライヴジム
ブクログ
カテゴリ
プロフィール

小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

QRコード
QR
リンク
検索フォーム