〜2014年秋・京都の幕末探訪deep 10/5 その2〜

 京都三日目、最終日午前中は、西陣周辺を散策いたしました。
 お墓や邸宅跡ばかりです。
 実際に歩いてみると、邸宅ってでっかかったんだなあと思います。


 本日もお越しくださいまして、拍手もありがとうございます。では続きにレポートです。



〜2014年秋・京都の幕末探訪deep 10/5 その2〜

◆守護職邸跡の碑◆
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現・京都府庁は、京都守護職屋敷でした。
時の会津藩主・松平容保は京都守護職を拝命し、文久二年十二月に上洛。
翌三年に守護職屋敷建設が始まり、竣工したのは二年後の慶応元年。
このお屋敷には、局長や副長も出入りしたと思われます。

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碑があるとのことなんですが、見つからない…。

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さんざん外を探して、やっと見つけました。
なんと門の内側にありました。
この日は休日で中には入れないので、外からパチリ。


◆人見勝太郎墓所◆
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西陣へ移動し、長遠禅寺へ。
遊撃隊の人見勝太郎墓所へお参りいたしました。
箱館までも行っていて、真っ先に箱館奉行所へ榎本さんの書状を届けた人物です。
夢小説にも出させていただいているので、よくよく手を合わせてきました。
お墓の写真は、ご子孫がお参りされていてお名前があったので掲載いたしません。
人見家のみならず、勝太郎さんや奥様のお墓なども個別にあり、大切に供養されている様子が伺えました。


◆古高俊太郎墓所◆
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池田屋事件でたいへん有名な、古高俊太郎さんの墓所へもお参りさせていただきました。
京都で火事を起こし、それに乗じて“玉”を長州へお連れいたすという計画を、副長に拷問されて吐いたとのことですが、本当だったら恐ろしい話です。
古高さんも夢小説で書かせていただいているので(しかも、ちょう拷問)、きちんと手を合わせてきました。
こちらもご子孫が供養されていて、お名前がありましたので、写真は割愛させていただきます。


◆見廻組屯所跡◆
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同じく西陣にあった、見廻組屯所。
豊臣秀吉の時代には、聚楽第の南外堀がこの辺りにあったそうです。
この屯所が二条城の北、京都御所の西というロケーションにあったことを考えると、幕臣の子弟で構成された見廻組の地位の高さを思わずにはいられませんね。


◆京都所司代屋敷跡◆
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京都守護職と対をなす、京都所司代。
松平容保の実弟・松平定敬が就任したこともあります。
広大な屋敷だったようで、現在も残る町割りを歩くと、その大きさがわかります。


 他にも、永井尚志邸宅跡を歩いてみたりしました。
 当時の「役宅」はどれも大きく、建物が残っていたら迫力あっただろうなあと思いました。



 今回はここまでです。
 次回は二条城をお届けいたします。
 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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