【外出記】2014年江戸城周囲散歩

 去年の11月に、江戸城の外周をぐるっと回ってきました。

 当日は雨だったのですが、
 「雨の江戸城の写真撮れるムッハー(*°∀°)=3」
 と妙な萌えを発しておりました。

 晴れの写真はいくらでも撮れるけど、雨の写真ってなかなかないと思います。
 皆様が資料や小説、漫画などをお読みになる際に、雨の江戸城やその他のお城の風景を、リアルに脳内再生出来るお手伝いが出来たらいいなと思いながら撮りました。

 写真満載、ググルマップ活用でお届けいたします。
 門と堀と石垣しかありませんが、お読みくださる方は続きへお願いします。


 本日もお越しくださいまして、拍手や一言送信もありがとうございます。では続きにレポートです。


ググルマップでマーキング。
回っていったのは、大手門から反時計回りです。


◆大手門◆
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まずは大手門から。
慶長十一(1606)年、藤堂高虎によって設計され、門の左右の石垣は伊達政宗が築造を担当したそうです。
江戸城の正門で、大名たちはここから出入りしており、乗り物はここで下りなければなりませんでした。
なので、登城日がわかると、この門の外ではひと目どこかのお殿様を見ようと、人だかりが出来たこともあったとか。


◆巽櫓◆
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大手門から桔梗堀を南に進むと、角に巽櫓があります。
江戸城本丸から見て辰巳(東南)の方角にあるため、この名がつきました。

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よく時代劇や歴史番組で、江戸城を象徴する建物として出てくる櫓ですね。
関東大震災後の再建だそうですが、作り方は当時と同じようです。


◆坂下門◆
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老中の安藤信正が襲われた、坂下門外の変の坂下門です。
二の丸が作られた後に造営された門だそうです。
現在は乾通りの参観の時だけ、ここから入ることが出来ます。
秋の参観に行ってきたので、その時のレポートでまたお写真載せます。


◆皇居正門◆
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さすが正門、厳重な警備で。
修理中なのでしょうか、何やら覆いが…。

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正門に続く石橋です。
その奥に黒く二重橋が見えます。


◆桜田門◆
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桜田門の、二の門です。
桜田門は一ノ門とともに枡形を形成しており、こちらは櫓門となっております。
寛文年間(1660年代)の再建で、非常に力強いお姿をしていますね。

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二の門をくぐらず、凱旋堀の外側をてくてく…

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はい、桜田門一の門です。
ここがかの有名な「桜田門外の変」が起きた桜田門。
門に続くまでの道のどこかで、井伊直弼が水戸を中心とした脱藩浪士に斬られました。
雨が降って静かな様子は、雪の日だった当時に近かったり…(違う)

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お堀端では奉仕作業をしている方々が…。
雨なのにお疲れ様です。

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そして今回歩いて初めてわかったんですけど、お堀って途中で途切れているんですね。
てっきり一周ぐるっと繋がっているのかと思ってました。


◆半蔵門◆
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服部半蔵の屋敷が近くにあったことから名付けられた半蔵門。
元和六(1620)年に作られたとのこと。
家計調査で服部という苗字が出て来た私にとっては、ちょっとソワッとする(笑)


◆田安門◆
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門の近くに田安神社があったことから、また、吉宗の時代にこの門内で田安家が興されたことから名付けられた門。
現在は北の丸公園や武道館に入る門としてお馴染みです。
ここも巨大な枡形が残っています。
皆様も武道館に行かれる時はぜひここから入って、枡形門を体験してみてください(^^)


◆蕃書調所跡◆
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夢小説でも扱った洋学所の前身、蕃書調所跡です。
西洋の書物を読んで海外事情を把握するために作られましたが、後に翻訳者を育てたり、西洋画を学んだりする場所にもなりました。
お祈りする場所ではございませんが、夢小説完結の無事をお願いして手を合わせてきました。


◆清水門◆
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寛文元(1624)年の建築で、天台宗の祖・慈覚大師がかつてこの付近に建てた清水寺というお寺の名前に由来するそうです。
吉宗の時代には、清水家がこの門内で興りました。


◆竹橋◆
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かつては本当に竹で出来ていた橋だったそうです。
現在はご覧のとおりの様子ですが、緑の部分は竹を模していたり、石垣の一部が残っていたりして、往時の姿をしのぶことが出来ます。


◆平川橋◆
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平川門は、江戸城三の丸の正門、死者・罪人を出す門、大奥の人間が出入りする門など、多くの機能がありました。
松の廊下事件を起こした浅野内匠頭が出されたのも、家族とおしゃべりしていて帰城が遅くなった春日局が中に入れてもらえず夜を明かしたのもここだそうです。


☆☆☆


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大手門に戻ってきました。中に入ってみましょう。

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すっごい鉄の防御。これは破れないぞと。

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明暦の大火で大手門が焼けた後に作られた鯱。でっかい。

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石垣(・∀・)モエッ

◆同心番所◆
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警備を務めるための番所。
こちらは同心が詰めており、おもに登城する大名のお供を監視していたそうです。

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中の門(・∀・)モエッ


◆百人番所◆
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上記の中の門の前にある番所です。
鉄砲百人組が4組ほど交代で詰めていたそうです。
ものすごーく横長で、持っていったレンズでここまで収めるのに苦労しました。

◆大番所◆
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中の門の内側にある番所です。
他の番所より位の高い与力や同心が警備していました。
確かに、こぢんまりしているけれども格式高そう。

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石垣はね〜、萌えですよね〜(個人的趣味)


☆☆☆


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三度大手門前に戻ってきて、桔梗堀でフィニッシュ。
お疲れ様でした〜。

 今回歩いてみて思ったのは、江戸城無血開城とか言ってますけど、これを攻めて勝ち取るなんて難しくないかと。ともかく大きくて、外周は広いし、お堀は幅広いし、石垣はものすごいしで、もし江戸を火の海にしても果たしてここを取れたかどうか。このどでかいお城にありったけの兵粮を詰め込んで籠城されたら攻めあぐねるでしょう。その間に近隣の佐幕派が押し寄せてきたらオシマイです。私が攻め手でも、平和な開城を求めるのが得策だと思います。


 今回のレポートはこれにて終わりです。
 お付き合い下さりありがとうございました。
 次回は紅葉の鎌倉をお送りいたします。


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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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