2015年3月・京都と山南忌その3〜実相院・岩倉具視幽棲旧宅

 貴船神社・鞍馬寺から南下し、岩倉に行きました。


 本日もお越しくださいまして、拍手や一言送信もありがとうございます。では続きにレポートです。



〜2015年3月・京都と山南忌その3〜
◆実相院◆
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京都の北にある幕末史跡と言えば、まず思い浮かぶのが岩倉。実相院。

実相院は門跡寺院です。
寛喜元(1229)年・紫野に創建→五辻通小川(京都御所より北西)に移転→応仁の乱(1467〜77)辺りに岩倉へ移転→江戸時代初期から天皇家とのゆかりが深まり、行幸が行われる→皇孫の入室が続き、門や建物を賜る といった歴史があるそうです。

幕末的には岩倉具視が出入りしたそうで、住んでいたこともあるらしいです。
実相院日記という、代々の門主が書いた日記も残っていて、幕末のこともいろいろ書かれているとのこと。

現在では、建物の床に映る「床もみじ」が有名です。
が、床もみじも含め、建物の内部は撮影禁止ですので、公式ホームページや写真集等でお楽しみください。
以下、撮影OKなお庭の写真を掲載いたします。

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石庭。
比叡の山々を借景にした、落ち着く光景です。

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奥にある庭池。

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回遊式庭園に苔むす地面、池の向こうに優美な建物。
何となくですが、等持院のお庭に似ているような気がします。


◆岩倉具視幽棲旧宅◆
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岩倉具視が文久2(1862)年から五年間、蟄居した場所です。
公武合体・皇女和宮の将軍家降嫁に尽力していた岩倉は、倒幕急進派にぶーぶー文句を言われて辞職、剃髪してここに引きこもりました。しかし五年後の慶応三(1867)年に復活すると維新運動へのミラクル転身、新政府の右大臣に上り詰めました。

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中に入ることにいたしましょう。
岩倉具視の遺髪塔です。
お墓は東京・品川区の海晏寺にあるのですが、命日である7月20日には、ここでも慰霊祭が行われているそうです。

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棲んでいた旧宅。
茅葺きに瓦屋根って珍しい。

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こんな素敵なお宅にお住いだったのですね。障子の腰板に書かれている絵も優美です。
岩倉具視の只者じゃない感が漂ってきます。

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立派な式台もありました。

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ここから志士たちが出入りしたのでしょうか。


今回のレポートはここまでです。
次回は、池田屋事件の殉難者のお墓がある三縁寺と、今回入りきらなかった京都市内をお届けいたします。
ここまでお読み下さりありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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