2015年4月・母娘で桜の京都三昧 その3

 連載が終わってしばらくだらっとしちゃうかなと思いましたが、あんまりダラダラしているとそのまま行っちゃいそうなので、早々に年表の作成に取り掛かっております。

 一般に販売されている年表本を取り混ぜてひとつの表にするのですが、それぞれに特徴があって面白いです。
 ほぼ新選組オンリーとか、西国や龍馬に特化したものとか、社会全体の動きのみとか、いろいろです。

 そしてそれらをひとつにすると、たいへんごっちゃごちゃになって、整理しきれなくなりそうになっている私がいます(苦笑)


 本日もお越しくださいまして誠にありがとうございます。続きに外出記(京都御所)です。



〜2015年4月・母娘で桜の京都三昧 その3〜
◆京都御所 前編◆
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旅は二日目、まず京都御所へ。
一般開放の日だったので賑やかでした。

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御車寄(おくるまよせ)。
昇殿を許された者が正式に参内するときの玄関。

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御車寄の上がり口にあった屏風。
狩野探幽の弟・狩野安信が描いた六曲一双の屏風「墨絵山水」の右隻です。
安信は内裏造営の障壁画製作に4回携わっており、紫宸殿の障子を担当したこともあるとか。

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諸大夫の間の「虎の間」の襖。
正式に参内した者の控室で、身分に応じて3つの異なる部屋に控えたそうです。
「虎の間」は一番身分が高い人の控室でした。
虎の絵を描いたのは岸岱という岸派の絵師で、動物画が得意だったとのこと。
安政年間の造営時に描かれたもの…ということは、幕末の諸侯がこの絵を見ながら待っていたんですかね。

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新御車寄。
以前、ここには新嘗祭・神嘗祭(天皇が神様に新穀や新穀で作ったお酒お餅などを捧げ、豊穣に感謝と祈りを捧げるお祭り)が行われる神嘉殿という建物がありました。
天皇が東京へ移ってしまったために神嘉殿は使用されなくなり、橿原神宮へ移築されました。
その後、大正天皇御大礼の際に、ここへ新御車寄が作られ、現在も姿を保っています。

ちらっと見えるように、中は絨毯敷きで、窓には板ガラス。
板ガラスは当時、生産が難しかったそうです。当時の人々の気持ちが感じられます。

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洋風のシャンデリアに格天井。
格の高さを思いつつ。

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内裏内郭の南側にある承明門。
奥に見えるのは、内裏の正殿である紫宸殿です。

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承明門の西側では、生花が美しく並んでいました。

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内郭に対する、内裏外郭の建礼門。
横一直線の瓦葺屋根がきりっとした印象です。

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内裏外郭の建春門。
湾曲した唐破風が、どっしりとした重みを感じさせます。

 今回はここまでです。
 次回も京都御所の様子をお届けいたします。
 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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