2015年4月・母娘で桜の京都三昧 その7

熊本を中心として大きな地震がありました。
該当地域の皆様、ご留意ください。
また、各地でも警戒が必要かと思われます。



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引き続き仁和寺をご紹介いたします。
でっかい写真満載です。お読みくださる方は続きへお願いします。


〜2015年4月・母娘で桜の京都三昧 その7〜

◆仁和寺境内◆
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まずは五重塔。1644年建立。
徳川幕府によって行われた、寛永年間の伽藍の整備で建てられたものでしょう。
前回のレポートで、御室桜越しに写っていたのがこの塔です。
高さ36メートル、各階の屋根の大きさが同じなのは、江戸時代の建築様式だそうです。
ちなみに写っている人物はカーチャンではございません。

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国宝・金堂。ご本尊の阿弥陀三尊像を安置しています。
慶長十八(1613)年に建立された御所の内裏である紫宸殿を、寛永年間(1600年前半)に移築してきたもの。
現存する最古の紫宸殿だそうで、格子窓はおそらく蔀戸で、跳ね上げることが出来るのでしょう。
ちなみに普段は非公開ですが、仁和寺内の宿坊に宿泊し、朝のお勤めに参加すると入れるそうです。
宿泊はお値段もお手頃(宿坊に泊まれて一泊二食付きで11000円、素泊まりもあり)なので、嵐山方面に行く時に利用してみるのもいいかも。

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鐘楼。こちらも1644年建立。
外から鐘が見えないタイプですね。

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水掛不動尊。
なぜ水掛というお名前なのかというと…

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この長〜〜〜い柄のついた柄杓でお不動様に水をかけて願掛けをするからなのであります。
入り口が狭く、横から長い柄を伸ばすので、ちょい難しいです。
炎を背負うお不動様に水をかけて願掛けなんですね。

◆御殿◆
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二王門近くまで戻ってきて、御殿を見学しました。
こちらは御殿に付随している勅使門です。大正二(1913)年の竣工。
唐破風・入母屋造りという見た目も重厚ですが…

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鳳凰や唐草模様の彫刻もお見事。

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門扉もまるでステンドグラスのよう。
大正時代ならではの、キレッキレのデザイン。

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大玄関を入っていきましょう。
こちらも唐破風を載せた、重厚な車寄せ付きですね。

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白砂の南庭。
先ほどの勅使門が見えます。
左に写っているのは左近の桜。本当は右手に右近の橘もあります。

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仁和寺は御室流華道の流祖でもあり、雅なお花が活けられておりました。

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白書院。明治二十三(1890)年の建築。
明治二十(1887)年に仁和寺御殿が焼失してしまった際、仮御殿として建てられたもの。

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黒書院。
白書院と同じく明治の焼失後に旧安井門跡(蓮華光院ともいい、明治期に廃絶している)から移築してきて黒書院としたそうです。

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御殿の宸殿内部。
折上げ格天井に透かしの欄間。
グレートすぐる(*^^*)

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板戸の絵も春らしく。

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御殿の北側にある庭園。
江戸時代初期の様相を残す、池泉回遊式庭園。
お庭に降りて、池の周りをゆっくり歩く様式を堪能してみたいですねえ。

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お庭から五重塔を入れてパチリ。
左の隅の古そうな屋根は飛濤亭といい、江戸時代末期に光格天皇の好みで建てられた茶室で、やんごとなき人々がかがんで入らなくてもいいように、鴨居の高い入り口が設けられているらしいです。

 ちと詰め込んでご紹介してしまいました。
 次回は龍安寺を訪ねます。
 ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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