いつだって何度だって&拍手お返事

 4月14日に端を発した九州中央部の地震ですが、時間の経過とともに被害の状況が明らかになってきました。
 過去の地震と同じく、建物の倒壊、地割れ、地すべりなどが報道されています。
 亡くなられた皆様のご冥福をお祈りいたします。
 そして、被災された方々、避難されている方々の、今後のご無事も祈っております。

 まずは人命、怪我や病気について心を寄せておりますが、熊本城と阿蘇神社などの崩落・倒壊も心配です。

 熊本城は、戦国時代の築城の名手・加藤清正(ちょうど大河ドラマで前回出てきましたね)の手によるもので、明治期に入ってから西南戦争の前後に破却や火災による焼失などで建築物が失われたそうですが、1960年に天守閣が再建され、築城350年、400年といった記念の年に大々的な復元工事が進められてきたそうです。

 加藤清正には築城に関する数々の逸話があり、江戸城の石垣普請では日比谷の沼地に茅をぎっしり敷いて子どもたちを遊ばせて踏み固め、豪雨で他の家が担当した石垣が崩れても加藤家の場所は大丈夫だったとか、名古屋城の石垣普請では「うちで培った高度な石垣の技術をよその藩には見せません」と幕を張って隠して工事したりしたそうです。

 阿蘇神社は肥後(熊本)一の宮、9世紀中頃の書物には名前が見え、927年の『延喜式』にも描かれている、古い神社です。豊臣秀吉の九州出兵で領地を没収されましたが、その後領主として入った加藤清正や細川氏らの寄進や庇護を受け、現在に至るとのことです。
 今回破損してしまった楼門は、福岡県の筥崎宮・茨城県の鹿島神宮とともに、日本三大楼門に数えられています。ネットで写真を見ましたが、確かに立派な楼門でした。

 こういった、巨大で長い歴史のある建築物は、その土地のシンボルであり、心の拠り所でもあります。なので、今回の大規模な破損は精神的にもくるものがあるかと思います。

 でも、これまでも様々な災害があり、その度に日本各地の建築物は復興を遂げてきました。
 今、江戸城について調べているのですが、江戸城も明暦の大火や関東大震災、東京大空襲などで門や櫓が被災しています。
 また、神社では私の好みで申し訳ありませんが、鎌倉の鶴岡八幡宮も関東大震災で舞殿と楼門が崩れ落ちました。

 いずれも現在では姿を取り戻し、観光客や参拝者で賑わっています。
 今回被災した建造物も、時間はかかるでしょうけれども、いずれ昔の佇まいを復興させ、再び多くの方々の心を支える堂々としたお姿を取り戻してくれると信じています。


 本日もお越しくださいまして、拍手や一言送信もありがとうございます。お返事は続きへ。



〜拍手お返事〜
>うみのすけさん

 こんにちは、いつもありがとうございます。
 ご旅行はいかがでしたでしょうか。行き先も災害があったところですので現在の様子が気になります。岡田美術館と併せて、レポートをお待ちしています。

 ブログ記事をお読み下さり、ありがとうございました。
 仁和寺、京都の中でも北の外れにあり、御室御所と呼ばれただけあって雅な雰囲気ですよね(^^) 門扉は大正年間のものですが、不思議とマッチしているという素晴らしさ。職人さんの気合を感じました。御殿の格子天井、私も萌えでしたv 格子の間に絵が敷き詰められているのはよく見ますが、さらに中が細い格子組みになっているのって珍しく無いですか?

 GWは…毎年騒いでますが毎年のことなので、もうある程度は覚悟しています(苦笑) 問題なのは、準備が必要なことを理解していただけていないのが相方はんではない別の大人ということでしょうか( ¨) 私が心配性すぎるのでしょうけれども、出来る準備は出来るだけ事前にしておきたいなーと思ってます。だってちょう直前に準備しろって言われてどたばたして、失敗したこと数知れず/(^o^)\

 またお時間のある時で結構ですので、ゆるゆる来ていただければと思います(^O^)
 これからうみさんのところへお邪魔させていただきますね〜。


 押してくださった皆様、ありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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