2015年4月・母娘で桜の京都三昧 その8

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龍安寺を訪れた様子をご案内いたします。
でっかい写真満載、お読みくださる方は続きへお願いします。



〜2015年4月・母娘で桜の京都三昧 その8〜
◆龍安寺◆

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仁和寺まで来たので、石庭で有名な龍安寺にも行ってみることにしました。

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石庭があることしか知らなくて行っちゃったのですが、この全景図を見て「もしかしてでっかいんだろうか」と驚き。

龍安寺は宝徳二(1450)年、当時室町幕府の関東管領であった細川勝元によって建立されました。
藤原氏の一族であった徳大寺家の別荘地であったこの地を勝元が譲り受け、同じく京都にある妙心寺(禅寺)の義天玄承を開山として開かれたお寺です。

応仁の乱(1467〜1477年)で多くの塔頭が焼失するも、勝元の子が再建。
寛政九(1797)年の火災で再びほぼ全焼してしまいました。

現在は石庭のある方丈(塔頭西源院の方丈だった建物を火災後に移築)、庫裡(火災後の建築?)、開山堂(昭和五十九年建立)の3つが主な建物だそうです。

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境内の鏡容池。

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あひるがいました。

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散りかけてはいるものの、もしかしてまだまだ楽しめるのでは…と思いました。
おかげ様ですごい桜を見ることが出来たのですが、次回9回目のレポートにて。




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方丈に入って、いよいよ石庭です。
2013年の「京都」展(東京国立博物館)で、4K画像にて龍安寺の石庭を映し出していました。
まさかその光景を、こんなに早くこの目で確かめられることになろうとは思っていませんでしたねえ。

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お庭の左側。

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お庭の右側。
禅寺らしい整然とした佇まいに、多くの観光客がただ黙って景色を眺めていました。

このお庭、実はいつ誰によって作られたのかが明確になっていないようです。
当時資料によっては石庭について言及されていないものもあったり、図絵に描かれているものもあったり。
他にも、十五個配置されている石が、どの角度から見ても十四個しか見えなかったり、中国・宗時代の逸話「虎の子渡し」に模していることだったり、謎が多い。
ミステリアスな部分が一段とこの庭を魅力的なものとしているのかもしれません。

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建物の中も散策することが出来ます。
堂々たる絵の書かれた襖に、竹の節欄間が連なる部屋。
相当な貴人のためのお部屋なんでしょうか。

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個人的にぐっとくる景色(*´∀`*)

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かの有名な、“吾唯足るを知る”のつくばい。
水戸光圀公の寄進によるものと伝えられております。

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侘助椿。
豊太閤朝鮮伝来と案内板にあります。
持ってきたってことなんでしょうか?

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防火設備も、青じゃなくて赤のバケツがきっちり並んでいて、景色を損なっておりません。

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今回はここまでです。
次回も龍安寺で、今回の旅最高の桜を見た感動をお届けいたします。
ここまでお読み下さり、誠にありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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