2015年4月・母娘で桜の京都三昧 その10

kyoto2015apr3-33 - 3
金閣寺前編です。
でっかい写真満載、お読みくださる方は続きへお願いします。



〜2015年4月・母娘で桜の京都三昧 その10〜
◆金閣寺◆

足利幕府三代将軍義満が建立したことで有名な金閣寺。
龍安寺から近かったので立ち寄ることにしました。
修学旅行で来ていると思うのですが、まったく覚えがない^^;
ちなみに母もそうらしい^^;^^;

kyoto2015apr3-33 - 1
もしかして、ここも結構広かったりする?

kyoto2015apr3-33 - 2
金閣寺は、正式名称北山鹿苑寺。
しかしここは最初から義満のものではありませんでした。

この地は西園寺家の邸宅でした。
西園寺家はもとは藤原氏で、承久の乱で幕府に加担したことで力をつけ、太政大臣にまで上り詰めました。
平安貴族の遊興地であるこの一帯に大邸宅を構え、敷地内に西園寺を建立したことから氏を西園寺と改めます。
西園寺家は天皇暗殺未遂事件を起こして衰退しましたが、風光明媚なこの地を気に入った足利義満に、土地を明け渡すことになったそうです。

義満は、将軍職を子に譲って自らは退位して出家します。
しかし当時荒廃していたこの地を西園寺家から譲り受け、御所の如き大邸宅を作り、北山殿という住まいとして政治の実権を握り続けました。

kyoto2015apr3-33 - 4
北山文化の象徴・金閣です。

三層(三階建て)の初層(一階)が「法水院」:
寝殿造風に池に面して建てられており、写真左手には「漱清」と称される橋廊が張り出しています。
法水とは「仏法が衆生の煩悩 (ぼんのう) を洗い清めるのを、水にたとえていう語。法雨。」(デジタル大辞泉より)とのことです。池の水を目の前にして、心を清めたかったのでしょうか。
室内には宝冠釈迦如来坐像と足利義満像が収められているそうです。

二層(二階)が「潮音洞」:
鎌倉期の武家造の仏間で、縁と高欄がめぐらされ、ここから上が金箔で覆われています。
室内には観音菩薩坐像と四天王像が安置されているそうです。

一層(三階)が「究竟頂」:
禅宗仏殿風の造りで、禅宗らしい火灯窓がありますね。
ここには仏舎利が収められているとか。
いずれも内部非公開だったので、確認出来ませんでした。
屋根には鳳凰が置かれ、威風堂々といった感じでしょうか。

kyoto2015apr3-33 - 5
ひとつ前の写真右手側から撮影。
池の向こう側から移動して撮ったので、距離が近い(^^)

kyoto2015apr3-33 - 14
さらに斜め後ろから。
池に面していない部分がシンプルなのがよくわかりますね。

kyoto2015apr3-33 - 15
三つ前の写真では左手に張り出していた「漱清」(橋廊)。
観月台のようなものだったのかなあと妄想。

ただ、残念ながらこの建物は昭和の再建です。
なんと昭和二十五(1950)年にこのお寺の学僧によって放火され、義満の頃のままの金閣は全焼、昭和三十(1955)年に再建されました。

明治期に大修繕が行われたのでその時の記録を元にしたそうですが、一部は異なっているそうです。
金箔は「昭和の大修理」で六十一〜ニ年に渡って貼り替えられており、現在も美しい姿を保っています。
今話題の伊藤若冲の障壁画が金閣寺大書院に残されていて、京都御所の北にある相国寺の承天閣美術館に収められています。若冲水墨画の傑作だそうなので、一度見てみたいですね。


 今回はここまでです。
 次回は金閣寺にある他の名所を地味〜にご紹介します。
 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

コメント

非公開コメント

web拍手
コヤマライヴジム
ブクログ
カテゴリ
プロフィール

小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

QRコード
QR
リンク
検索フォーム