2015年5月 浅草散策 その3〜姥が池・待乳山聖天前編

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大変お待たせいたしました、旅行記をアップいたします。
でっかい写真満載、お読みくださる方は続きへお願いします。


〜2015年5月 浅草散策 その3〜姥が池・待乳山聖天 前編〜

◆姥が池◆

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ぶらぶら歩いて行くと、何やら立派なお池が…
と思ったら、姥が池でした。

 姥が池はかつて江戸川に流れこむほどの大池でしたが、明治年間に宅地造成などで大半が埋め立てられました。
 この池について有名なのは浅茅ヶ原の鬼婆伝説です。
 この付近は昔、浅茅が原と呼ばれていました。うら寂しいこの土地に、老婆と娘が住んでおり、旅人を泊めては寝入ったところに老婆が旅人を殺して金品を奪っていたそうです。しかしある日泊まった旅人をいつもどおり老婆が殺すと、それは自分の娘でした。娘は旅人に一目惚れをして身代わりになって死んだとも、娘が母の悪行を諌めようとして身代わりになったとも言われています。兎にも角にも老婆は激しく後悔し、姥が池に身を投げて死んだとか。ちなみにその旅人の正体は観音様で、浅草の観音信仰に続いていくとも伝えられています。



◆待乳山聖天 前編◆
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待乳山聖天に来ました。来たのは初めてです。

 読み方は「まつちやましょうでん」。昭和初期以前あたりの方々は「まっちやましょうでん」と発音していたようです。江戸っ子の発音カッコいい(^^)

 推古天皇(甥の聖徳太子を摂政に起用)の時代の頃、
 浮世絵にも描かれるほど有名な場所で、歌川広重は少なくとも3枚描いています。


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本堂です。
 浅草寺の支院で、寺院ですが、鰐口の奥にちらっと見える扁額には「聖天宮」と書かれており、神仏習合的な部分が今も残っています。

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軒下をご覧ください。
大根と巾着が飾られています。

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屋根の上も巾着。

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天水桶も巾着。

 この大根や巾着、聖天様(大聖歓喜天)のご利益を端的に表したものだということです。
 大根は迷いの心、瞋の毒(自分に背くことがあれば必ず怒ってしまう、人間の三毒のひとつ)を表しており、大根をお供えすることで聖天様が心の毒を清めてくださるのだそうです。また、心身の健康、良縁の成就、夫婦和合なども叶えてくださるとのこと。

 一方巾着は財宝を表し、商売繁盛、事業繁栄のご利益があるそうです。

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銅造宝篋印塔。
宝篋印陀羅尼経という経典に基づいて作られた塔で、塔に記された文字から1781年に作られたことがわかっています。
また、江戸時代中期に流行した屋根型の傘を持つ形が現代まで完全に残っていること、各部の細かい装飾性、蔵前の札差たちによって奉納されていることなどが、都内でも貴重な歴史資料となっているそうです。

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糸塚。
糸は糸でも三味線の糸で、長唄の名人が奉納した塚だそうです。

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江戸時代前期の歌人、戸田茂睡の歌碑。
戸田茂睡は歌の他に『御当代記』という書物も著しています。徳川綱吉の将軍就任、綱吉の性格やその政治、風俗や天変地異などをまとめてあるそうで、元禄時代を知る一助になっているとのことです。

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スカイツリーがすごくよく見えます。穴場かもしれない(^^)


 今回はここまでです。
 次回も待乳山聖天、小高い土地にあるからこその面白い施設をご案内いたします。
 ここまでお読み下さりありがとうございました。


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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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