2015年9月・10月 うるわしの奈良逍遥記 その10

nara2015sep2-3 - 19
石上神宮の後編をお届けいたします。
でっかい写真満載、お読みくださる方は続きへお願いします。



〜2015年9月・10月 うるわしの奈良逍遥記 その10〜
◆石上神宮 後編◆

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 石上神宮は背後の布留山をご神体とし、長い間本殿がなく、上記写真の拝殿と、この裏にある石の玉垣で囲まれた禁足地を拝んでおりました。明治七年に行われた禁足地の発掘調査で剣や勾玉が出てきて、大正二年にようやく本殿が立てられました。

■ご祭神について
ご祭神三柱はそれぞれ具体物の神格化となっております。読み方には諸説あるようです。

・布都御魂大神:平国之剣(くにむけしつるぎ)の神格化。
 平国之剣は神武天皇が東征を行った際、武甕雷神(タケミカズチノカミ)が下した神剣。神武天皇が即位した後は宮中に祀られていましたが、後に石上神宮へ遷されたそうです。ちなみに布都という名は剣を薙ぐ時の「フッ」という音から来ているという説や、刀剣の鋭い様子、剣がものを断ち切る音、金属の輝きなどを表しているという説があります。

・布留御魂大神:天璽十種瑞宝(あまつしるしとくさのみづのたから)の神格化。
 饒速日命(ニギハヤヒノミコト。大和にいた神で、物部氏の祖先とされる)が天神から授かった十種類の宝物。十種神宝(とくさのかんだら)とも。各々の名前を唱えて宝物たちを振ると、死人すらも生き返るという…。

・布都斯魂大神:天十握剣(あまのとつかのつるぎ)の神格化。
 十握剣は日本神話の様々な場面で登場したり、その名が長さを示すとの説もあることから、長大な剣のことを表すと考えられています。素盞嗚命(スサノオノミコト)がヤマタノオロチを退治した剣とも。

■成り立ち
 崇神天皇の頃(3〜4世紀頃?)、物部氏の祖先がご祭神を現在地である「布留の高庭」に祀ったのを始まりとしているそうです。その際、宮中にあった平国之剣をこちらへ移して祀ったとも言われております。

 その後、崇神天皇の孫が千本の剣を作って神宝を守っていましたが、高齢になったため妹にその任を譲ろうとしました。が、妹はじゃっかんめんどくなって物部氏に委任、以後、物部氏が管理を引き受けることとなったそうです。

 物部氏は大和朝廷の武器管理・製造を行っていたと見られ、石上神宮は物部氏の氏神様のみならず、大和朝廷の武器庫としての機能も持ち合わせていたのではないかということです。

 また、神宝として七つの切っ先を持つ珍しい形状の「七支刀」(しちしとう)が伝えられており、これが百済国から送られた「七枝刀」(ななつさやのたち)との見方もあるようです。古代刀に関する話題が尽きない神社さんですね。


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拝殿外観。
平清盛と対立した白河天皇が皇居から移した建物であると伝わっています。
入母屋造り、檜皮葺の屋根です。

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円を描く砂。

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回廊。

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この石垣は新しく…

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こちらの石垣は古いのでしょうか。

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境内にある摂社・出雲建雄神社。

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出雲建雄神社と相対する割拝殿。
真ん中に土間があり、通り抜けが出来る珍しい形の拝殿です。
割拝殿としては現存する最古のものであり、かつては内山永久寺という巨大寺院にありましが、明治期の廃仏毀釈を逃れ、大正三(1914)年にこちらへ遷されました。

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まさに神さびるといった雰囲気の神社さんでございました。


 今回はここまでです。
 次回はCMでも話題になった、大神神社をお届けいたします。
 ここまでお読み下さりありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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