2015年9月・10月 うるわしの奈良逍遥記 その15

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前回に続き飛鳥寺をもう少しと、飛鳥坐神社をお届けいたします。
この写真は飛鳥寺の池のほとりにあったもので、右から遍照金剛、観世音菩薩、不動明王です。
それぞれの像に決められた回数のお水をかけ、願掛けをするものだそうです。


 でっかい写真満載、お読みくださる方は続きへお願いします。



〜2015年9月・10月 うるわしの奈良逍遥記 その15〜
◆続・飛鳥寺◆

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前回載せきれなかったのですが、裏手から見ると全体はこんな感じです。
左の建物が本堂、右の建物が鐘楼。手前側の横に細長いのはお手洗い。
20分の1というコンパクトサイズになっても、土塀があり、表と裏に門がある、きちっとした造り。

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その風景を踏まえて、こちらの写真。飛鳥寺西門跡です。
礎石を置いて柱を立てた瓦葺きの門で、間口は横幅11.5m、奥行き5.5m。
飛鳥寺には東西南北に門があったそうですが、その中でもこの西門は最大の大きさだったそうです。
その西門付近には「槻(つき。ケヤキのこと)の木の広場」がありました。
その広場で行われた蹴鞠の会で中大兄皇子と中臣鎌足が出会い、談山神社で話し合いをし、大化の改新が行われたと伝わっております。この風景の中で、歴史的な出会いがあったわけですね。
大化の改新を知ったのは小学生の時ですが、その頃はまさか自分がその舞台となった場所を訪れてみることになるなんて、思ってもいませんでした。


◆飛鳥坐神社◆
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あすかにいますじんじゃ、と読みます。
創建は不明ですが、一説には大国主神の息子・事代主神が、国譲りの際に父神の相談を受け、その後、八百万の神々を統率してこの地に鎮まったそうです。
平安時代前期にまとめられた全国の神社一覧「延喜式神名帳」においては、神社の格付けで上位に置かれていたことが確認されています。

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じゃあ…

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上りましょうか。

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上っていく途中にあった力石。
男性は左手で、女性は右手で持ち上げると幸せが訪れるそうです。
が、この石、丸くて掴みどころがなく、さらにつるつるしています。
たやすく幸福を掴み取ることは出来ないという教えなんだなと思いました。

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本殿。
江戸時代の建物っぽい気がしますが、詳細は不明です。

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神楽殿。

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境内にはこのような陰陽石が多数あり、夫婦和合・子宝安産のご利益があるそうです。
毎年「おんだ祭り」という奇祭が行われ、天狗とオカメの和合を模したやや生々しいものが、神楽殿で奉納されます。
お守りも男性のアレとか女性のアレを模したものがあり、昔の妊娠や出産、子育てに対する祈りが感じられました。


◆藤原宮跡◆
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レンタカーを走らせて、藤原宮跡にやって来ました。
藤原宮は、持統・文武・元明天皇三代に渡る藤原京の中心部にありました。

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大極殿跡。重要な政治や儀式の際に、天皇が出御する建物で、礎石の上に赤い柱を建てて屋根には瓦を乗せる、日本初の中国様式だったそうです。

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だだっ広い。でも…

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私たちがいるのは、図の中の中心部。都は続くよどこまでも( ¨)

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鴨公神社。
昔、鴨氏という氏族がここに住んでいたそうですが、鴨→賀茂なんでしょうか?

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まだ発掘作業中の様子。
新しいものが見つかったり、これまではっきりしていなかったことがわかったりするといいですね。


 今回のレポートはここまでです。
 次回からは旅の最終日である3日目、長谷寺をお届けいたします。
 ここまでお読み下さりありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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