2015年10月 中山道中〜新町宿から板鼻宿〜 その4

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高崎宿と板鼻宿の間にある、上豊岡の茶屋本陣。
1800年代はじめに、既にあった居住用の主屋(1700年代半ばの築造)に繋がる離れとして作られました。
大名の参勤交代や上級武士や公卿の休憩、関所の時間待ちなどに使われた施設だそうです。
宝暦七(1757)年には日光例幣使であった五條宰相菅原為成が、幕末の文久元(1861)年には和宮下向の際に公卿などが立ち寄った記録があります。


 今回は外観とお庭をお届けいたします。
 でっかい写真満載、お読みくださる方は続きへお願いします。



〜2015年10月 中山道中〜新町宿から板鼻宿〜 その4〜
◆上豊岡の茶屋本陣 前編◆

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茶屋本陣は飯野家という家が所有していましたが、平成九年に高崎市が買い取っています。
昭和三十七年には、残されている家の図面で「オザシキ」とされている部分が、平成八年には「オザシキノニワ」とされている部分がそれぞれ、群馬県の史跡に指定されました。
こちらの建物には式台があり、身分の高い人が出入りすることを表しています。

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式台側から門方向をパチリ。
敷石が細かいですね。

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オザシキノニワです。
この庭を、当時の公卿たちも眺めていました。
京から江戸へやって来る途中、体を休め、目を楽しませたことでしょう。

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丁寧に刈り込まれた植木、掃き清められた庭。
今もこの場所が大切に守られているのがわかります。


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決して派手ではないのですが、茶屋本陣としての堂々たる主張を感じる濡れ縁。
次回は室内をご案内いたします。
ここまでお読み下さりありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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