2015年12月 新宿いまむかし その1:高田馬場

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更新が遅くなり申し訳ございません。

新宿区をぶらぶらしてきましたレポートです。
今回は高田馬場付近をご紹介いたします。

高田馬場は旗本たちの馬術の練習場で、赤穂四十七士のひとり堀部安兵衛の話でも有名です。
詳細はそれぞれの項目(次回更新含む)にて。

でっかい写真満載、お読みくださる方は続きへお願いします。



〜2015年12月 新宿いまむかし その1:高田馬場〜

◆しろくまカフェ◆

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漫画で、アニメにもなったしろくまカフェ。
そのコンセプトカフェが新宿区高田馬場にあります。
作品の世界観そのままの楽しい雰囲気で、メニューもキャラクターゆかりのものばかり。
新宿界隈に行くときは立ち寄ることが多いです。
この日もここで腹ごしらえをしてから出発といたしました(^^)
(店内は撮影不可の場所もありますが、ほぼ撮影可という優しさ)


◆神田川にかかる橋◆
高田馬場には神田川が流れています。ちょっと見てみましょう。

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高田橋。
いつかかったのか等詳細は不明です。
桜の木が川に伸びています。この桜は並木になっていて、豊島区制施行50周年を記念して植えられたものという看板がありました。看板が立てられたのは1982(昭和57)年。調べてみたら、区が誕生したのが1932(昭和7)年でした。

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この日はちょっと寒かったせいか、川沿いの鳥たちもうずくまっていました。

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面影橋。俤の橋、姿見の橋とも。
名前の由来は、平安時代書記の歌人・在原業平が水面に姿を写したためとも、徳川三代将軍家光が鷹狩の鷹をこの辺りで見つけたためとも、武士の娘が自分の身の回りに起こり続ける不幸を嘆いて身を投げ、その時に歌った和歌によるとも言われています。

歌といえば、この橋は何度か歌の題材にも取り上げられているようで、ゲーム「ポップンミュージック」にもこの橋をテーマにした歌が出てきたりして、今も昔も人気があるようです。

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面影橋の袂には、こんな碑が。「山吹の里」の碑。

室町時代後期の武将で後に江戸城の基礎を築いた太田道灌が、この付近で鷹狩をしていた際に雨に遭い、近所の農家で箕を借りようとしました。が、農家の娘は山吹の枝をひと枝差し出すばかり。のちにそれが「七重八重 花は咲けども 山吹の みの(身の・箕)ひとつだに 無きぞ悲しき」をかけたものだとわかった道灌は己の無学を恥じ、以降和歌の勉強を怠らなかったということです。

この和歌、後拾遺和歌集という1086(応徳三)年ごろに編まれた和歌集からのものだそうです。
後拾遺和歌集は内容的に格調よりもエモーショナルな面が高いところからあまり評判はよくなかったようですが、この娘さんはどこで400年ぐらい前の後拾遺和歌集からの歌を知ったのか…それによっては道灌との話もロマンティックになるかも。


◆亮朝院◆
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牛込に七面大明神を祀ったのがはじまりで、徳川四代将軍家綱の頃から将軍家祈祷所であったそうです。
1671(寛文十一)年に現地へ移転してきました。

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七面堂です。新宿区の指定有形文化財。
1834(天保五)年建築、木造で正面五間、側面五間。屋根は入母屋造り、銅板葺き。
当初は拝殿・幣殿・本殿の三間が続く権現造りだったのが、幕末頃現在の形になったそうです。
江戸後期発行の「江戸名所図会」にも描かれており、当初のおもかげをよく残しているとか。

中には新宿区登録有形文化財である以下三組が収められています。
・「木造七面大明神半跏像」とその像を収める「宮殿」
 本尊。身延山久遠寺から譲り受けたもので、江戸初期から中期頃の作。
・「木造妙見菩薩立像」および「宮殿」
 日本橋あたりから移してきたと伝わっており、中にかかっている扁額から1852(嘉永五)年頃の作と推定される。
・「木造諏訪大明神坐像」および「宮殿」
 境内の諏訪社にあったもので、上記と同じく扁額から1828(文政十一)年頃の作と思われる。

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金剛力士立像。新宿区指定有形文化財。
1702(宝永二)年奉納の、石で出来た金剛力士立像です。
像の高さは1.6メートル、台座を含めると3メートルにも及びます。
金剛力士立像は門の中に収められた木造であることが多いのですよね、こうして石像であることって珍しいと思いませんか。触れて信仰してもらう側面もあったらしいです。門の中に収まっているよりも身近な感じがしますね。

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いつもの「メンチ切ってるシリーズ」(狛犬写真)も、なんとなく可愛らしく親しみのある雰囲気でした。
将軍家祈祷所にしてはすごくフランクな感じを受けました。


◆高田馬場跡◆
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地名の由来である高田馬場跡。
うまく写真が撮れなかったのですが、この写真の左手に高田馬場と称される、旗本の馬術訓練場があったそうです。昔の地図と照らし合わせてみても、ビルばかりではありますが、同じような区画が残っています。
馬場は1636(寛永十三)年に作られ、流鏑馬なども行われて将軍の供覧もあったとのこと。
となると、先ほどの亮朝院で将軍がひと休みしたことがあったりして。

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その馬場を見学する人を狙って茶屋が軒を連ねたことから、ついた名前が「茶屋町通り」。
商魂たくましい江戸の人々よ^^;


 今回のレポートはここまでです。
 次回はちょっと短めですが、水稲荷神社をお送りいたします。
 堀部安兵衛のアレも出てきますので、お楽しみに。
 ここまでお読み下さりありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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