2016年2月 東国三社めぐり 〜鹿島神宮その1〜

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今回から、東国三社めぐりのレポートを開始します。

 東国三社とは、茨城県南部の鹿島神宮・息栖神社、千葉県北部の香取神宮の三社を指します。
 いずれも葦原中国(あしはらなかつくに。日本の国土)を天津神から国津神が譲り受ける国譲り神話に由来する神様をお祀りしており、神武天皇や応神天皇といった神代からあるとも言われています。
 江戸時代には関東以北で、伊勢参りを行った後に「下三宮参り」としてこの三社をお参りするのが流行ったとか。

 鹿島神宮はテレビドラマ「塚原卜伝」でロケ地となり、香取神宮は大河ドラマ「新選組!」で近藤勇の道場に「香取大神宮」と書かれたものが下がっており、主役の中の人の名字と一緒ということで話題になりましたね。

 まずは鹿島神宮よりスタートです。
 お読みくださる方は続きへお願いします。


〜2016年2月 東国三社めぐり 〜鹿島神宮その1〜〜

◆参道◆
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はい、やって来ました鹿島神宮。
以前から行きたいとは思っていましたが、ドラマ「塚原卜伝」を見て余計に行きたい熱が上がっていました。
比較できるものが写っていないので実感が沸かないと思いますが、この鹿島鳥居、かなりデカイです。

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参道を歩いていくと、これまたすごい木が…。
根本からふたまたに分かれていますよね?
デカイんですが、こちらはご神木ではありません。

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江戸時代の鹿島講による献灯。
最初のほうで伊勢参りの後に下三宮参りがあると書きましたが、鹿島にも伊勢と同じように講があり、皆でお金を出し合って、代表者が参拝に来るというカタチがあったのでしょうね。

その時って、伊勢神宮に参拝した人が来なければならなかったのでしょうか。
それとも伊勢神宮に行った人とは別の人が、講の中の人なら誰でもよくて来たのでしょうか。
もし同じ人が参拝しなければならなかったとしたら、
「お前伊勢にも行って東国三社も行ってずるいぞ」とかにならなかったのでしょうか。
伊勢参りと東国三社参りがセットだとしたらずるくはないのか…(ぐるぐる考え出すと止まらない…)

◆楼門◆
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寛永十一(1634)年に、初代水戸藩主の徳川頼房が建てました。
徳川三代将軍家光の病気平癒を祈願し、快方に向かったためだそうです。
ちなみに家光はわりと病弱で、この年までに痘瘡(天然痘)、腫れ物、うつ病などに罹患しています。
徳川頼房は徳川初代将軍家康の十一男で、子どもが水戸光圀。
つまり家光は水戸黄門といとこ同士です。
門の足に随身様が収められていますが、これは後の補作のようです。

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門の中。
一枚板の透かし彫りでしょうか。
江戸浅草の水戸藩下屋敷で作って筏で運んできて組み立てたそうですから、江戸の名人に依るものかも?

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随身様の裏側には、雷と月?を描いた丸い板のようなものが。

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こちらは雷と太陽?
ご祭神が雷神である武甕槌大神だからでしょうか?
最近特に思うのですが、家に帰ってから調べてもわからないことが多いので、現地で聞いてくることが大切です。


 今回のレポートはここまでです。
 次回は鹿島神宮のさらに奥深くへと行ってみます。
 ここまでお読み下さりありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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