2016年2月 東国三社めぐり 〜鹿島神宮その2〜

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鹿島神宮のご紹介、2回目をお届けいたします。

 鹿島神宮は東京ドーム約15個分という広大な敷地を持ち、その中には杉をはじめとする巨木が生い茂っております。
樹叢と呼ばれる一部の区域は茨城県の天然記念物指定となっており、600種を超える木々が大森林を形成、生育の北限と南限の樹木が混ざっているそうです。まさしく神の森。

 この写真は奥宮へ続く奥参道で、ドラマ「塚原卜伝」では主人公の塚原新右衛門が武者修行の旅に出るシーンに使われているとのことです。
 土の地面は300メートルほど続き、毎年五月には流鏑馬も行われます。
 踏み固められて平らになっている多くの人たちが参詣してきた証でしょう。


 でっかい写真満載、お読みくださる方は続きへお願いします。



〜2016年2月 東国三社めぐり 〜鹿島神宮その2〜〜

◆摂社・高房社◆

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ご祭神は建葉槌命(タケハヅチノミコト)。
鹿島の大神に従い、葦原中国平定の際に星の神・香香背男(かがせお)を討ち果たしたとされています。
本社を参拝する前にこちらへお参りするのが、古くからのならわしだそうです。

◆拝殿◆
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ご祭神の武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)をお祀りしています。
武甕槌大神は雷神・剣の神とされ、日本の神話では伊邪那美命(イザナギノミコト)の孫に当たる系譜です。
この辺は古事記や日本書紀で諸説あるようですので論じているとおそらくキリがないと思いますが、要するに葦原中国(日本)平定の際に活躍した武神です。

鹿島神宮の創建は、最古のものでは神武天皇の時代に遡ると言われています。
拝殿・幣殿・石の間・本殿の四つからなる流造(ながれづくり)で、国指定重要文化財。
東照宮と同じ造りだと思ったら、元和五(1619)年に徳川二代将軍秀忠が寄進したものだそうです。
前回ご紹介した楼門は水戸徳川初代藩主頼房(家康の十一男)の寄進ですから、兄弟で鹿島神宮に寄進したことになりますね。

◆奥宮◆
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こちらも武甕槌大神をお祀りしています。
慶長十(1605)年に徳川初代将軍家康が本宮の社殿として寄進しましたが、先ほどご紹介した秀忠寄進の本殿が建立されるにあたり、この地に移転されて奥宮となったそうです。
兄弟だけでなくお父さんも寄進していたのですね。さすが天下を取った武将、武神を疎かにはいたしません。

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敷地が広いので、途中でお休みどころがあります。
武道の神だけあって、木刀が前面に堂々と売られています。

◆要石◆
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地震を起こすナマズの頭を抑えているとされる要石。
水戸黄門(水戸光圀)がどこまで埋まっているのか確かめたくて掘ってみた所、七日七晩掘っても石の下までたどり着かなかったそうです。
そんな要石ですが、東日本大震災では鳥居が二基倒れ、境内の鳥居も64基倒れ、本殿にも損傷があったそうです。要石のお陰でそれだけの被害で済んだともいえるかも…。

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ナマズの頭を押さえる武甕槌大神(だと思います)。
ナマズの顔が可愛らしいです。


 今回のレポートはここまでです。
 次回は鹿島神宮と水をお届けいたします。
 ここまでお読み下さりありがとうございました。


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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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