2016年2月 東国三社めぐり 〜鹿島神宮その3〜

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今回は鹿島神宮をさらに奥へ進み、御手洗池。
そして神宮を出て海際の風景もご紹介いたします。

 でっかい写真満載、お読みくださる方は続きへお願いします。



〜2016年2月 東国三社めぐり 〜鹿島神宮その3〜〜
◆御手洗池◆

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境内の奥に、一際静寂を持って佇むお池がありました。
神職や参拝者の潔斎の池で、大昔はこのお池で身を清めてから参拝するのが習わしだったそうですが…

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ご覧ください、この透明度。

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もっと寄ってみましょう。

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神々しいまでに透明ではございませんか。

 社伝によると、太古の昔に御祭神が宮造りを行った際に一夜にして湧き出たとのことです。
 現在でも毎日40万リットルの水が湧き出ており、それでいて大人子供によらず水の量が乳の辺りを超えないという不思議なお池です。ちなみに鹿島の七不思議というものがあり、この御手洗池の水量もそのひとつだそうです。前回ご紹介した要石も入っているようですね。興味のある方ははググってみてください。

 昔はこのお池から上がっていくルートで、今は真逆の方向から門を入っていくのか…。時代的にどの辺りからそう変わってしまったのでしょう。水戸頼房が楼門を作った時期の前か後からか…ブツブツ…。

◆神鹿◆
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神護景雲元(767)年、奈良県の春日大社創建の際、鹿島神宮の御分霊を鹿の背に乗せてお運びしたという「鹿島立ち」。
鹿は神様の御使いとして大切にされています。
が、江戸時代には鹿と人との間に摩擦がおき、幕末頃に鹿がいなくなってしまったそうです。
そこで昭和32年に春日大社と神田明神(東京都)から、平成25年に北口本宮冨士浅間神社(山梨県)から鹿をいただき、現在は20頭前後の鹿が育てられているとのことです。

◆おまけ◆
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前回までのレポートを読み返していたら、広い境内を歩いている感がちっともなかったので、道の写真も上げておきますね。実はご紹介しているポイントとポイントの間はけっこう歩いていますし、高低差もあります。今も残る古い寺社は基本広いし、高低差もあるように思えます。それだけその土地における権力があったということかなと考えています。ちなみに境内の広さは東京ドーム15個分だそう。


 鹿島神宮を後にして、次へ向かいます。


◆鹿島神宮 東の一の鳥居◆
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鹿島神宮にはかつて東西南北4つの鳥居があり、そのうちのひとつ、東の一の鳥居にやって来ました。
鹿島神宮から距離にして約6キロ、車で10分ほどの場所にあります。
この地は太平洋側にある明石の浜と呼ばれ、武甕槌大神と経津主命がここから上陸し、沼尾という場所まで行った後、経津主命は香取神宮へ、武甕槌大神は鹿島神宮へ向かったとされています。

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数年前まではこの鳥居越しに広大な海を望めたそうですが、東日本大震災が起きた後、堤防が作られ、今はこの通りです。写真中央あたりにある色が異なる部分も、以前は開けられていて海へ出入り出来たそうです。歴史は過去を受け継ぐだけではなく、今を生きる人のためにもあるのを感じました。


 今回のレポートはここまでです。
 次回は息栖神社をお届けいたします。
 ここまでお読み下さりありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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