2016年2月 東国三社めぐり 〜息栖神社 前編〜

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鹿島神宮から南へ下り、利根川沿いの息栖神社へ。
鹿島神宮や香取神宮と比べると規模は小さいですが、しっかりとした印象の神社です。

でっかい写真満載、お読みくださる方は続きへお願いします。



〜2016年2月 東国三社めぐり 〜息栖神社 前編〜〜

◆石鳥居◆

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立派な石造りの鳥居ですが、実はこれ、一の鳥居ではございません(いきなり)

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参道から上記写真の石鳥居を望んだものですが、さらに奥〜〜〜のほうに鳥居があるのが見えますでしょうか。
そちらが一の鳥居で、その両側に小さな鳥居がひとつずつあるそうです。
小さな鳥居の下からは清水が湧いており、伊勢の明星井・伏見の直井と併せて、日本三霊水となっているそうです。
社の前がかつて海だった頃から塩水でなく真水が湧き出ていたので、「忍潮井(おしおい)」と呼ばれているとか。
(ただし、河川改修のため昭和四十八(1973)年五月に現在地へ移転されています)
事前調査が不足していて一の鳥居まで行ってなかったので、お写真無くてすみませんm(_ _)m


◆神門◆
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この門、弘化四(1847)年の建築で、昭和三十五年の火災から逃れて今も立っています。
弘化四年…徳川十四代将軍家茂と和宮様が産まれた翌年ですな…。


◆社殿◆
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古くはここから東の日川という地にあった祠を、大同二(807)年、右大臣藤原内麿の命で現在地へ遷座したと伝わっています。

ご祭神は、
久那戸神:鹿島の神や香取の神などとともに東国平定を行ったとされる。路の神、除厄招福の神、井戸の神。
天鳥船命:古事記では武甕槌命との副使として東国に派遣された。交通守護。
住吉三神:海上守護。何せ周りは川と海。
です。

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現在の社殿は昭和三十五年に焼失した後、昭和三十八年に完成したものです。
貞観八(876)年、宝永三(1704)年、享保八(1723)年、弘化四(1848)年と建て替えられてきましたが、この礎石はそのいずれかのものだそうです。昭和三十五年の焼失後、お役目を終えてここに据えられています。どの年代のものだとしてもすごいですね。


 今回のレポートはここまでです。
 次回は境内をもう少し詳しく見ていきます。
 ここまでお読み下さりありがとうございました。

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時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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