2016年3月 京都・大阪・奈良三都縦断の旅 その3・東寺前編

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伏見稲荷を後にし、目指すは東寺(教王護国寺とも)。
京都駅からすぐの距離にありながら、実は今まで訪れたことがありませんでした。
いつも横目に通り過ぎていた憧れのお寺へ、いざ。

更新が遅れてすみませんでした。
お読みくださる方は続きへお願いします。



〜2016年3月 京都・大阪・奈良三都縦断の旅 その3・東寺前編〜

◆伏見稲荷大社御旅所◆

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伏見稲荷のお祭りの際にお神輿を奉安する御旅所を眺めながら東寺へ。


◆東寺とは◆
ここで東寺について少し説明を。
延暦十三(794)年、平安京が作られ、羅城門の東西にお寺が置かれました。
その後、弘仁十四(823)年に留学先の唐から戻った弘法大師空海が賜り、造営に関わりました。
境内は南大門から一直線に金堂・講堂・食堂が並び、五重塔と潅頂堂が左右に座しています。さらに周りを塀で囲んだその姿は、空海が信仰した真言宗の曼荼羅や密厳浄土(大日如来のいる浄土)を表現しているそうです。


◆慶賀門◆
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いよいよ中に入ります。
鎌倉時代前期に作られた重要文化財、慶賀門。
武家の時代のデザインのせいでしょうか、シンプルで力強い印象を受けます。


◆講堂◆
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最初の講堂は天長二(825)年から作られ、承和二(835)年頃までに完成したそうです。
台風や地震で何度も修理をしてきましたが、文明十八(1486)年に戦災で焼失、現在の建物は延徳三(1491)年に再建されたものです。

中はもう、ものすごいです。
先程東寺の配置自体が曼荼羅を表現していると書きましたが、講堂の中も曼荼羅をあらわしています。
しかも、二十一体もの仏像を配置した、立体曼荼羅。

白い壇上は、大日如来を中心とした如来部、金剛波羅蜜多菩薩を中心とした菩薩部、不動明王を中心とした明王部の三つに分かれており、その周囲を仏教の守護者である四天王と帝釈天と梵天が守っています。

照明はなく、外は雨。
差し込む光も一段と薄暗い中に数々の仏像が浮かび上がり、迫り来るような浄土の世界が目の前に。
圧倒的な世界観に、言葉もなくただ見つめ、頭を下げるばかりでした。


◆金堂◆
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東寺の本堂である金堂。
文明十八(1486)年に焼失しましたが豊臣秀頼が発願し、片桐且元を奉行として再興したものが現在の建物です。
去年の大河ドラマを思うと、あの片桐様がお作りになられたのか…ってじんわりきます。
ご本尊は薬師如来坐像、日光・月光菩薩。薬師如来坐像の周囲は十二神将像をめぐらせ、三本尊の向背は大変豪華です。十二神将像スキーな私にはたまらない空間\(^o^)/
いえいえ、信仰の深さを思い知らされる空間でした。


◆五重塔◆
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東寺の、いえ、京都のシンボル、五重塔。
ここ数回は車に乗せてもらって京都に行くことが多かったので、いつも横を通り過ぎるだけでした(苦笑)
ついに五重塔の足元へ…と感動しましたねえ。

五重塔は、天長三(826)年に空海が創建に着手しましたが、材木の調達などが捗らず、竣工したのはその57年後の元慶七(883)年でした。残念ながら空海はすでに亡くなっている年です。
約55メートルという大変高い建物ですので雷が落ちやすく、また、不審火などもありこれまでに4回ほど焼亡しました。現在の塔は五代目で、徳川3代将軍家光の寄進によるものだそうです。

内部は心柱を大日如来に見立て、その周囲に金剛界四仏と八大菩薩を安置、四本の天柱には曼荼羅が描かれています。
外陣まわりにも様々な仏さまや密教世界が描かれ、極彩色に彩られているとのこと。
毎年正月の三が日は一般公開されているそうなので、機会がありましたら皆様ぜひぜひに。


◆東大門◆
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作業中っぽいうえに裏側からの撮影で申し訳ありません。
もともとの創建は不詳ですが、現在の門は建久九(1198)年に文覚上人(空海ゆかりの寺院を数多く復興。源頼朝に挙兵を勧めた)によって再建されたもので、慶長十(1605)年に豊臣秀頼が修復を加えています。
また、建武三(1336)年に新田義貞が東寺にいた足利尊氏を攻めた際、尊氏はこの門を閉めて難を逃れたことから「不開門(あかずのもん)とも呼ばれています。


◆瓢箪池周辺◆
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東大門の前に瓢箪池という池が広がっており、おそらく池の向こうの木に花が咲いたらきれいな景色でしょうけれども、まだ肌寒い時期は渋い光景が広がっております。

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水面には雨粒がしとしと。
この写真の対岸あたりには経蔵があったようなので、この池が防火用だったんでしょうかね。

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シュミの写真(笑)


 今回のレポートはここまでです。
 次回も地味に東寺の後編をお届けいたします。
 ここまでお読み下さりありがとうございました。


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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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