2016年3月 京都・大阪・奈良三都縦断の旅 その15・大坂城その2

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ちょっと前回の補足をさせていただきますね。
前回の徒歩ルートを図で表すとこうなります。
天保山から電車に乗り、①の森ノ宮駅で降りました。
お堀沿いに歩き、一番櫓と六番櫓を眺めながら②の大手門へ。

「天保山から大坂城」というルートで調べてみたら、森ノ宮駅下車で徒歩1分と書いてありました。
でもそれ、よくみたら「大阪城公園」まで徒歩1分だったんですよね。
うん…①の辺りだよね、大阪城公園。間違ってない。間違ってないけど、私が検索したのは大坂城だ…。
改めて検索してみたら森ノ宮駅からお城の大手門までは、16分ぐらいかかるそうです。
道理で歩いても歩いても大手門に着かないわけです。写真を撮りながら30分ぐらい歩きました(笑)
あ、③はこれから目指す大阪城天守閣です。

今回は②の大手門。
この大手門は、「枡形虎口」というカタチになっております。
「枡形」とは、平たく言えば「四角」。
「虎口」とはお城を構成する区画の入り口のことで、狭い入り口を表す「小口」の当て字とも言われています。
枡形虎口の内側を管理人のシュミでじっくりとお届けいたしますね。
お読みくださる方は続きへお願いします。



〜2016年3月 京都・大阪・奈良三都縦断の旅 その15・大坂城その2〜

◆小さいことがその役目・大手門◆

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お城の正門にあたる大手門。
小さめな印象を受けますが、守る城にはでかい城門は不要。間口は5.5mしかありません。
攻めてきた敵を一気に城の中へなだれ込ませないためにも、門は広くないほうがいいのです。

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大手門の形式は高麗門です。
左右の親柱の上に屋根を載せ…(下の写真へ続く)

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裏側にある控え柱(手前のでっかい柱。鏡柱とも)にも屋根を載せています。

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門の表側は、鉄板で覆われています。頑丈。

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裏側の控え柱(鏡柱)。
下の部分だけ交換したので、継ぎ接ぎしてあります。根継ぎというそうです。
どうしても地面と接している部分は汚れたり腐ったりしますからねえ。
どうやって継いであるのか、不思議な断面をしています。


◆防御の要・多門櫓◆
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大手門を入ってすぐ左には多門櫓があります。
多聞櫓とは、大門の上をまたぐ渡櫓と、直角に折れて繋がる続櫓のコンビネーションを言います。
土塁や石垣の上に築かれた長屋上の建物が多聞で、普段は武器庫、戦の時は兵が控えていることが多いです。

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窓がたくさんあり、枡形に入り込んできた敵を槍や鉄砲で狙うことが出来ます。
大手門同様の黒塗りの鉄板張りも見事ですね。

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今は塞がれていますが、屋根下にも敵を狙える「槍落とし」が空いていました。
大門をくぐろうとする敵を真上から狙い撃ちです。

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よしんば多聞櫓を突破出来ても、後ろからまた狙われます。
門自体は鉄板の部分全てなので大きく見えますが、開口部は小さい。
なので、こちらもいっぺんに多くの人数が押し通ることは難しそうですね。


◆権力の象徴・巨石◆
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続櫓の下の石垣には、城の威容を見せつけるための巨石が配されています。
写真中央の「大手見付石」は大坂城内で4番目に大きく、畳で換算すると29枚分。
見切れていますが左側の「大手二番石」は5番目で畳23枚分。
右側の「大手三番石」は8番目で畳22枚分とのこと。
いずれの石も小豆島で採石されてきたらしいです。
遠くからでっかい石を運ばせる意味を考えながら眺めていました。

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大坂城枡形虎口、いかがでしたでしょうか。
平常時は鉄板張りの門や多門櫓の豪壮さ、巨石の大きさに驚き、戦の時はその頑丈さに驚く。
大坂城のファーストインパクトは絶大だと感じました。


 今回のレポートはここまでです。
 次回は特別公開されていた、多聞櫓の内部をお届けいたします。
 多門櫓から望む枡形内の様子などもありますのでお楽しみに。
 ここまでお読み下さりありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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