2016年3月 京都・大阪・奈良三都縦断の旅 その16・大坂城その3

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この年は大河『真田丸』に合わせて、多聞櫓・千貫櫓・焔硝蔵の3つが特別公開されていました。
まずは多門櫓内部へと参りましょう。
こちらは入り口から撮った写真。
さすが櫓。なっがいストレートですよね〜。

でっかい写真満載、お読みくださるかたは続きへお願いします。



〜2016年3月 京都・大阪・奈良三都縦断の旅 その16・大坂城その3〜

◆石造りの銃眼◆

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一枚目の写真とは逆に、櫓の突き当りからの撮影です。
画面右側、窓の下に石でできた何かがずーっと並んでいますね。
ところどころ、半円状に切り取られているのがおわかりいただけるかと思います。

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こちらは銃眼で、桝形内部に向けられています。
枡形に突入してきた敵をズドンと撃てるわけです。


◆格子窓から枡形を眺める◆
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銃眼の金網からは枡形の中が撮れなかったので、格子窓からの眺め。
枡形内部が丸見えではないですか(*ノェノ)キャー


◆石落としから下を見る◆
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ちなみに石落としからの眺めはこう。
一部が開けられていたので撮ってみました。
多門櫓の門を閉め、門前に殺到した敵を上から落とし物でボコボコにする。
勢い込んで突入してきた最初の兵は、気勢を削がれたでしょうね。


◆ぶっとい梁の天井◆
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そんな武闘派の門の屋根を形作り、支えているのはこのようにいかつい天井です。
整然と組み立てられた様子と、ところどころに配置されているぶっとい梁のコントラストが恐ろしく感じられます。


◆おまけ・西大番頭小屋跡◆
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江戸時代、大坂城本丸の警備は、徳川将軍直属の部隊のひとつである大番が行っていました。
大番は1組50騎×12組からなり、それぞれの組を大番頭が率いていました。
このうち2組が1年交代で警備を任され、本丸の南側にあった二の丸付近に、東西に分かれて宿営を持っていました。
大坂城の西側にある枡形虎口の付近には、西の大番頭小屋があり、大番頭本人やその家臣、与力、同心らの居住する建物が連なっていたそうです。
明治維新後は陸軍関連の施設が建てられ、このレンガの壁はその名残です。
軍隊の施設後にまた軍関連の施設…場所的にもよかったんですかね。


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今回のレポートはここまでです。
次回は枡形虎口の前にある土橋を守る千貫櫓をお届けいたします。
ここまでお読み下さりありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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