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徳川さんちの十五代:八代・吉宗 その11

 米将軍吉宗。
 その時代は「米価安の諸色高(コメが安くて物価が高い)」に苦しめられました。
 幕府の収入を増やすためには、コメを増やさなくてはいけません。
 しかし、コメが市場に溢れすぎれば値段が下がる。
 コメの値段が安ければ農民の暮らしが苦しくなるだけでなく、俸禄をコメでもらっている武士の給金も安くなり、高い物価に喘がざるを得なくなります。吉宗が苦慮した様子を覗いてみましょう。  

 お読みくださる方は続きへお願いします。


<取れ高を増やせ・新田開発>
 江戸開府以来、新田開発は活発に行われ、全国の耕地面積はそれまでの約2倍にまで増加しました。
 しかし何事もやりすぎは禁物、過剰な開発に土地が荒れてしまい、幕府は新田開発を禁止してしまいます。

 対して吉宗は財政再建の一環として新田開発を奨励し、紀州藩主時代に治水・農政で活躍した役人を起用しました。
 新たな新田の開発や荒れ地の再開発で、コメの生産量を増やす努力を行いました。


<目的は増税・定免法と検見取り>
 定免法とは、過去数年の年貢量の平均から、今後数年間の年貢を決めて、豊作であっても凶作であってもその年貢を収める方法。
 検見取りとは、毎年役人が村にやってきて作柄調査(検見)を行うことで年貢量が決定されるやり方です。
 江戸時代初期は検見取りが主流だったようですが、次第に定免法になっていったようです。

 検見取りは農民側にとって、検見にやって来た役人の接待費がかかったり、検見の間は稲刈りが出来ず、稲刈りの時期が遅れたりする側面がありました。
 定免法でしたら検見の役人は数年後にしかやって来ないので接待費が節約できたり、検見の年以外はすぐ稲刈りに入れる、収穫が増えれば年貢に出した以外の余剰を貯めておくことが出来るなどのメリットがあります。

 が、定免法は、数年に一度の更新で年貢率を引き上げ、増税を確実に行うといった幕府側の狙いがありました。
 新田開発を行い、さらに税額も引き上げて、幕府の経済を立て直そうという吉宗の強かさを感じます。


<大打撃・享保の飢饉>
 享保十七(1732)年に西日本を襲った大飢饉。天明・天保とともに江戸時代の三大飢饉と呼ばれています。
 この年は異常気象で、長雨、旱魃、ウンカ(稲の害虫)の大量発生と、次々に災害が押し寄せました。
 年貢の収入は激減し、場所によっては平年の一割を切るという恐ろしいパーセンテージに(・_・;)
 コメは大暴騰し、餓死者が1200万人にもなったそうです。

 幕府はすぐに飢饉対策をします。お救米を出し、西日本にコメを送る廻米を大量に行い、年貢の収納が見込めない大名や旗本にはお金の貸出をしました。
 都市部でもコメが不足し、大坂では富裕な町人から、京都ではお寺さんから施行が行われました。
 ちなみに、西日本におけるこの飢饉は一年で立ち直りを見せましたが、江戸では翌年正月に米価が高騰。幕府の米価引き上げ策に大きく貢献していた米問屋の高間伝兵衛の店が打ち壊されるという事件が起きてしまいました。


<吉宗も負けた・堂島米市場>
 西日本の年貢米が集められた大坂の米相場は、その巨大な規模から全国のコメの価格をリードするものでした。
 米価調整のイニシアティブを取りたい吉宗は、江戸の人間を大坂に送り込んで米市場を立ち上げようとしましたが、大坂商人の大反対に遭います。
 大坂商人を口説き落とすことが出来ず、享保十五(1730)年、大坂堂島も米市場を設立し、その運営を大坂商人に任せました。
 堂島における米取引は、米切手によるものや、現在で言うところの先物取引なども行われていたそうです。

 幕府の収入に大きく関わる米相場。その実権を握った大坂。その大坂を支配する大坂町奉行は、大変重要なポストだったに違いありません。
 江戸と大坂の町に挟まれて、お腹痛そう(;^ω^)


<コメの値段は自然に左右されて>
 このように様々な手を打っていた吉宗ですが、自然のチカラには勝てませんでした。

 享保十五(1730)年には豊作によりコメが余り、値段が通常の半分になってしまいました。
 そこで吉宗はコメの買い占めなどによりコメの流通量を押さえ、コメの値段を人為的にあげようと画策します。
 が、そこで上記の享保の大飢饉(1732年)が起きてしまい、コメが極端に不足。押さえていたコメの値段はさらに大暴騰してしまいます。
 今度はコメの値段を引き下げようと頑張ったところ、3年後の享保二十(1735)年には再び豊作となり、下降気味だった値段はまた暴落してしまいました。
 
 吉宗も相当悩んだかと思いますが、天候にもお上にも振り回された庶民の悲惨さを思うと、同情を禁じえません。
 主食であり貨幣でもあるコメ、難しい舵取りでした。


 次回はその他の政策や、順調に見えた吉宗時代に起きた一揆など、ここ2回でお届けしきれなかった事項をまとめます。
 ここまでお読み下さりありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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