FC2ブログ

歳三忌2018&拍手お返事

先週、歳三忌にお邪魔してきました。

◆寄り道・とうかん森◆
IMG_4281.jpg
お墓に向かう途中、ちょっと立ち寄りました。
かつて地元の土方一族十家余が祀ってきた場所とも言われており、十家余から「とうかん」とされたとも、稲荷から「とうかん」とされたとも伝えられています。
もっと森のように木々が生い茂っていましたが、2011年に伐採され、現在の姿になりました。

t2009.jpg
こちらは2009年のとうかん森の様子。
2010年の写真もあるのですが、これが一番上記の写真に近かったので。
立派な木々が何本も鎮座しており、いかにも祀られていますといった落ち着いた風景でした。


◆石田寺にて合掌◆
IMG_4288.jpg
土方家の菩提寺である高幡不動の末寺・石田寺。

IMG_4291.jpg
本堂。
今まで気づかなかったんですけど…↓

IMG_4292.jpg
棟にお寺のお名前のプレート、あったんですね。

IMG_4297.jpg
ファンの方からも、たくさんのお花がお供えされていました。

IMG_4294.jpg
境内には、明治百年の際に建てられた副長の顕彰碑があるのですが、今年は副長が亡くなってから150年ということで、顕彰碑の隣に新たな碑が建てられていました。


◆高幡不動で講演会◆
IMG_4304.jpg
場所を高幡不動に移して、講演会。
今年は、小野路村の名主で局長と義兄弟の契りを結んだという小島鹿之助さんのご子孫の方が、鹿之助さんや鹿之助さんのお父様が書いた日記などに残る新選組の姿を紹介してくださいました。鹿之助さんと局長には天然理心流でのご縁があり、局長が出稽古に訪れたり、天然理心流の行事について相談したり、局長たちが上京してからも金銭的な支援を行ったり、情報の交換などもしていました。

IMG_4305_2018051922195618c.jpg
高幡不動の境内は、とても好きな場所です。心地よい。
五重塔も、東日本大震災で破損した箇所が修復され、ご立派な姿を保っています。

IMG_4308.jpg
後から調べて知ったのですが、この日は薄桜鬼とのコラボイベントもあったようで、高幡不動には副長と左之助の等身大パネルがありました。等身大…顔ちっちゃいなー←


 レポートは以上です(`・ω・´)ゞ
 本日もお越しくださいまして、拍手もありがとうございます。お返事は続きへ。



〜拍手お返事〜
>うみのすけさん

 こんばんは、いつもありがとうございます。
 暑いと寒いばかりで体がついていけませんね(;^ω^) 明日からは過ごしやすいのですか、ちょうどいい日が続くことを希望します。

 ブログ記事への感想、ありがとうございます。
 家重、おっしゃるとおり「そうせい様」だったようですが、父・吉宗が行った政治を定着させるためにはよかったかもしれませんね。家康に対しての秀忠と同じような役回りだったのかなと思います。
 この時代は、一揆や強訴が多かったようです。大きな記事になっているものだけ取り上げたので、実際にはもっと規模の小さな一揆・強訴はたくさんあったことでしょう。支配者側と領民側の「取る・取られる」は深刻な問題でした。
 また、中興の祖が多く出た時代でもあり、上杉鷹山などは藩財政の立て直しなどに尽力しましたね。やはり「上」の姿勢を「下」も見習うようです。
 各藩、それぞれが工夫を凝らして藩を存続させようとしながら、江戸時代も折り返し地点です。ここから化政文化や幕末まで、どんな道を辿っていくのか。私も楽しみながら調べ、お伝えしていけたらと思います。

 テレビ番組、今週は佐幕少なめでした。ちょっと寂しいですね。大河の影響は大きいです。また佐幕を取り上げてくれると、他の番組もどーんと取り上げてくれるのでしょう。
 ゴールデンカムイ、明治後期という時代です。幕末から約40年、日露戦争でイケドン(※個人の感想です)、そんな中で繰り広げられる金塊争奪戦。読んでいてワクワクします。口伝で伝えられてきたアイヌ叙事詩、それを残そうとした人たちの研究も多数盛り込まれているようです。
 フィクションへの落とし込みもあるかと思いますが、興味を持った人は自ら調べ、検証するようになるもの(´∀`*)ウフフ 作品は作品で、大いに楽しみたいですね。

 今週もそれぞれの記事にお言葉を頂戴し、ありがとうございました。
 こちらからも明日、お伺いいたします(^_^)/~


 押してくださった皆様、ありがとうございました。

コメント

非公開コメント

web拍手
コヤマライヴジム
ブクログ
カテゴリ
プロフィール

小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

QRコード
QR
リンク
検索フォーム