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徳川さんちの十五代:十代・家治 その4

 家春の時代は様々な本が出版されています。
 『解体新書』や『豆腐百珍』などがこの時代です。
 吉宗の頃から入ってきた外国の知識が民間に浸透してきて書籍になったり、民間から様々な才能のある人たちが現れたりしています。
 ちょっと変わったところでは、石の博物誌が出て30年以上に渡って刊行され続けるというロングセラーがあったりします。
 お読みくださる方は続きへお願いします。



◆まずはやはり『解体新書』◆
 ドイツの書物を底本としたオランダの解剖書『ターヘル・アナトミア』を入手した蘭方医・杉田玄白と前野良沢、中川淳庵は、江戸郊外の小塚原で行われた腑分け(解剖)と『ターヘル・アナトミア』の内容が正しく一致し、それまで知っていた臓腑の情報が間違っていることに気づきました。
 「こりゃいかん」と3人は、『ターヘル・アナトミア』の和訳を敢行、他の医師たちの協力も得て、3年半後に『解体新書』を完成させました。しかし、出版後の本には前野良沢の名前が記載されておらず、その理由はいまだにわかっていません。

◆そのタイトルに偽りなし・『豆腐百珍』◆
 豆腐をバリエーション豊かに調理する内容で、100種類の料理を尋常品・通品・佳品・奇品・妙品・絶品に分けて紹介しています。
 豆腐にまつわるお話や、豆腐を擬人化した戯作なども掲載されている、楽しい読み物になっています。

◆地域限定・経験則に基づく農書◆
 信濃の佐久郡に住む依田惣蔵が、自家の農作業や奉公人との契約、家訓などを記した『家訓全書』を著しました。
 豊後(大分)でも地域的な作物の栽培法についての『農業日用集』、出雲(島根)でも風土にあった農耕法『農作自得集』が刊行され、経験に基づく農耕法の研究書が多く書かれました。

 信濃では他に、蚕の餌となる桑の栽培や飼育などが詳しく述べらた養蚕に関する本『養蚕全書』が出て、養蚕が盛んになりました。

 寒冷地での農作業を解説した『耕作噺』などの出版は、この時代に度々日本を襲った凶作の影響もありそうです。

◆天才・平賀源内◆
 平賀源内もこの時代の人で、様々な本を刊行しています。
 師の後を受けて湯島で物産会を開き、その出品物をまとめた『物類品隲』、歌舞伎の女形の水死事件『根南志具佐』前編、『風流志道軒伝』などの文学作品もあります。源内については、この時代の人物の項目でまた取り上げます。

◆和歌について・賀茂真淵◆
 賀茂真淵は、600〜700年代にかけて編纂された和歌集『万葉集』の注釈と批評本『万葉考』6巻を完成させました。
 『万葉集』は4500以上の和歌を収め全20巻と言われていますが、写本や追加が行われてその巻数になっているそうです。真淵はそのうちの6巻が原形だと考えて、該当する本についての執筆を行いました。
 真淵については人物の項目でもう少し触れたいと思います。

◆川柳・狂詩ブーム◆
 柄井川柳が評した万句合は、5年間で投句数一万を突破しました。その中で優秀な作品が選ばれ、『誹風柳多留』を出版、川柳が流行していきます。

 漢詩のカタチを取りながらも滑稽な内容である狂詩も、太田南畝の『寝惚先生文集』が出たことで流行しました。ちなみにこの本の序文を平賀源内が、風来山人というペンネームで書いています。

◆奇本・珍本・博物誌の芽生え◆
 和歌山の薬屋が、クジラに関する専門書『鯨誌』を出しました。熊野水軍に縁を持つ土地での捕鯨が盛んになり、鯨の種類(14種類)や部位、部位ごとの利用法などが記されました。

 夷隅郡(千葉)の寺子屋教師は、自らの足で上総・安房(南房総)を歩いて地誌『房総志料』を書きました。上総・安房の名所旧跡や、古事記・日本書紀・吾妻鑑などの史書にある土地の記述などをまとめ、好評を得たそうです。名所旧跡の本なんて、私も湯治の人だったらとびついたと思います(笑)

 石の博物誌『雲根志』は、近江の石大好きおじさん・木内石亭が出版。
 子供の頃から石が好きで、日本各地を訪れては面白い石・変な石などを多数集めていたそうです。
 ちょうど石集めがブームになっていたらしく、石亭は弄石社というサークルも結成し、平賀源内ら博物学者とも親交がありました。
 『雲根志』は約30年に渡って15巻が刊行され、石のコレクションを霊異類・変化類・愛玩類・光彩類などに分類し、解説しているとか。分類名がすごすぎる(;^ω^)

 遊里に通う若者の風俗を描いた『当世風俗通』。
 地動説を訳した『天地二球用法』。
 哲学書の『玄語』。
 演劇論の『役者論語』。
 江戸や京都、大坂などの名物評判記。
 京都の『都名所図会』などもありました。

◆時代は動き始める・海防書◆
 江戸中期に外国との接触がやや増えてきたことを受け、オランダ語の入門書なども出てきたりしているのですが、そうなると国が大丈夫か心配する人たちも出てくるわけでして。仙台藩士の弟・林子平が『海国兵談』を自費出版しました。

 子平はロシアの南下を殊の外気にしており、『海国兵談』の前にも『三国通覧図説』という本をあらわして、蝦夷地の開発によりロシアの侵略を食い止めるとの自説を展開していました。
 続けて『海国兵談』で、日本は「海の国」ゆえに日本橋から外国まで境はない、異国船が将軍のお膝元である日本橋まで攻め入る危険性、海軍の創設、砲台設置などを提言しましたが、当時は1000部の刊行予定に対し、34部しか予約が入らなかったそうです。
 しかし、刊行から6年後に異国船が日本近海をウロウロし始めると、幕府は『海国兵談』を世の中を惑わす本とし、版木ごと没収して子平を蟄居に追い込みました。


 次回は、家春の時代に活躍した人物をお送りいたします。
 今回の内容でもちょっと出た、平賀源内や賀茂真淵なども取り上げますし、他にもおもしろ人物がいっぱいです。
 ここまでお読みくださりありがとうございました。

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小山奈鳩

Author:小山奈鳩
時々江戸時代(主に幕末)へ暴走します。

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